社会保険労務士として開業すると、勤務時代に会社が代わりに行っていた税金の手続きを、すべて自分で行うことになります。
顧問料から差し引かれた源泉徴収税の精算、必要経費の区分、個人事業税やインボイスの判断など、確認すべき項目は所得税の申告だけにとどまりません。この記事では、個人で社労士事務所を営む方が確定申告で押さえておきたい論点を、開業初期に迷いやすい順に整理します。
社会保険労務士の開業時に必要な届出
| 主な書類 | 期限 | 提出先 |
|---|---|---|
| 個人事業の開業・廃業等届出書 | 事業の開始等の事実があった日の属する年分の確定申告期限まで | 所轄税務署 |
| 所得税の青色申告承認申請書 | 青色申告しようとする年の3月15日まで※1 | 所轄税務署 |
| 事業開始等申告書 | 事業開始の日から15日内※2 | 自治体 |
- ※1 その年の1月16日以後、新たに事業を開始等した場合には、その開始等の日から2か月以内。
- ※2 東京都の場合。
青色申告を選ぶと、要件を満たす場合に最大65万円(改正後75万円)の青色申告特別控除を受けられます。あわせて、その年の赤字を翌年以降3年間繰り越して所得から差し引ける純損失の繰越控除も使えます。開業初年度は登録免許税や入会金、業務ソフトの導入費用が先行しやすいため、この繰越控除が効いてくる場面があります。
青色申告承認申請書の期限を過ぎると、その年は白色申告になります。控除も繰越しも使えなくなるため、開業届と同時に提出しておくと確実です。
社労士報酬の源泉徴収と確定申告での精算
社会保険労務士の業務に関する報酬は、所得税法第204条第1項第2号に定める源泉徴収の対象です。税率は10.21%で、1回に支払われる金額のうち100万円を超える部分は20.42%になります。
労働保険事務組合から受託した業務の対価についても、社会保険労務士法第2条第1項に掲げる業務に該当するため、同じく源泉徴収の対象になると国税庁は示しています。
社会保険労務士業の必要経費の考え方
3種類の経費
| 区分 | 説明 | 経費 |
|---|---|---|
| 家事費 | 100%プライベートに係る経費 | NG |
| 必要経費 | 100%事業に係る経費 | OK |
| 家事関連費 | 家事費と必要経費の両方の側面がある経費 | 原則:全額NG 特例:区分できた部分だけOK |
- 個人事業や副業としての活動を開始すれば、生活費やプライベート経費も、必要経費として計上できると誤認している。
- 家事関連費は原則、全額必要経費に算入できず、特例として一定の場合にのみ、事業に関する部分だけ算入できるということを知らなかった。
社労士の経費
| 必要経費になる | 必要経費にならない |
|---|---|
| ・社労士会費 ・業務専用PC ・給与計算ソフト ・事業専用スマホ ・バーチャルオフィス代 | ・私的要素のある交際費 ・私用スマホで家事按分できないもの |
必要経費になるのは、その年の売上に対応する原価と、業務の遂行上必要な費用です。社会保険労務士会の会費、労務管理ソフトや給与計算ソフトの利用料、書籍代、顧問先訪問の交通費などが該当します。
なお、所得税や住民税、国民健康保険料、国民年金保険料は必要経費になりません。国民健康保険料と国民年金保険料は、社会保険料控除として所得控除の対象になります。
給与所得と社労士業の赤字の相殺
会社員として給与を受けながら(給与所得)社労士業(事業所得)を行い、事業所得で作った赤字を給与所得と相殺する、というやり方は税務上は認められません。社労士に限った話ではありませんが、2025年リリースの専門誌情報にて、実際に社会保険労務士がこれをおこなってしまったケースがありますので、注意しましょう。
本業(給与)がある場合、社労士業務は、一般的には「業務に係る雑所得」(副業)として扱われる可能性が高いです。
国税庁の税務大学校が公表している論叢「所得税法における『業務』の範囲について」は、この点を明確に問題視しています。同論叢は、事業といえる規模に達していないにもかかわらず、少額な収入を上回る多額の経費を計上して事業所得の損失を作り、給与所得と損益通算したうえで所得税の還付申告を行う事例が散見されるとし、高額な給与所得者が副業に係る巨額の赤字を発生させて損益通算している例もあるなど、看過できない問題になっていると述べています。
事業に該当するかどうかは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の計算と危険における企画遂行性の有無、費やした精神的あるいは肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、資金の調達方法、その者の職業・経歴及び社会的地位、生活状況、業務から相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性の有無、といった要素を総合して判断されます。つまり、「実態」が大切です。
税務調査はおおむね3~5年に1回程度の頻度で、誰でもその対象になり得るものです。労基署や年金事務所によるがさ入れは、生涯で一度も経験せずにいる事業者も多いと思いますが、税務調査は事業活動していればだれでもいつかは必ずその対象になります。そして、税務調査時に「実態が伴っているかどうか」を確認されます。
資格を取得して開業届を提出しただけでは、事業所得にはなりません。
社会保険労務士業にかかる個人事業税
社会保険労務士業は、地方税法に定める法定業種のうち第三種事業に区分され、税率は5%です。所得から年間290万円の事業主控除を差し引いた残額に課税されます。
計算上、注意したい点が2つあります。1つは、個人事業税では所得税の青色申告特別控除が適用されないことです。所得税の申告書上の所得金額に、控除した金額を足し戻して判定します。もう1つは、開業した年の事業主控除は事業を行った月数で月割りされるため、290万円より小さくなることです。
確定申告書を提出していれば個人事業税の申告書は不要で、都道府県税事務所から納税通知書が送られてきます。納付は原則として8月と11月の2回です。
税務調査で確認されやすい項目
税務調査では、申告書の数字が帳簿や取引資料と整合しているかが確認されます。社会保険労務士業で論点になりやすいのは、次の点です。
売上の計上時期は、その一つです。12月に業務が完了し、入金が翌年1月になった顧問料や手続報酬をどちらの年の売上にするかで、所得金額が動きます。
家事関連費の按分も確認されます。自宅兼事務所の家賃や通信費について、按分の基準を説明できる資料が残っているかが問われます。
源泉徴収税額の集計も対象になります。支払調書が届かない顧問先について、通帳の入金額から正しく把握できているかどうかです。
顧問先の情報を扱う業務であるため、調査時に提示する資料の範囲についても、事前に整理しておくと落ち着いて対応できます。
判断に迷いやすい場面と相談のタイミング
開業して間もない時期は、判断材料が少ないまま決めなければならない場面が続きます。
インボイス登録をいつ行うか、自宅兼事務所の経費をどこまで按分するか、開業前に支出した費用をどう扱うか。いずれも個別の事情で結論が変わるため、一般的な情報だけでは判断しきれないことが少なくありません。
当事務所ではスポット税務相談を行っています。顧問契約を前提とせず、いま抱えている疑問だけを整理したい段階でもご利用いただけます。最初の申告を迎える前にご相談いただくと、選択できる手続きの幅が広く残ります。
社労士法人化する?
| メリット | デメリット |
|---|---|
| ・見込み顧客からの信用力アップ ・社労士報酬の源泉徴収が不要 ・社会保険労務の専門家報酬が不要 | ・ランニングコスト増 ・所得が少ない場合コスパが悪くなる ・容易に廃業できない ・事務負担増 |
社会保険労務士がいわゆる「ひとり法人」が認められている士業ですが、初めから社労士としての事業活動に人生フルベットするつもりであれば、法人化してクライアントの信用を獲得するという進め方もありかもしれません。
一般論として、個人よりも法人の方が求められるコンプラのレベルが上がります。税制上も「法人ならこれくらい当然にできますよね?」という前提で存在するルールもあります。そのため、法人化に伴って結果的に事務負担が増大する可能性が高くなります。
一方、社労士自身が専門家ですので、「法人化に伴う社保手続きや給与計算などを外部に委託せずに済む」という社労士特有のメリットもあります。一般的に、(まっとうな)税理士であれば、クライアントの皆さまへ安易な法人化は勧めませんが、その理由のひとつが、「社保手続きや給与計算が生じ、高確率でミスをするから」です。
しかし、社労士の場合、これらは自分でできてしまうため、その意味で一般的な株式会社などをはじめる場合と比べると、ハードルはいくらか低くなるとも言えます。
よくある質問
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